忘れもしない、高校入学式の朝。遅刻ぎりぎりで教室に入ると、そこにはすでに女子たちによる輪が出来ていて、何やらたいそう盛り上がっていた。その輪の中心で大きな声と身振り手振りで、会ったばかりの女子たちをきゃっきゃと笑わせていたのが工藤ちひろ、ちーちゃんだった。高校を卒業した後は連絡先さえ知らなくて、たまに流れてくるSNSでどうやら毎年夏フェスにせっせと繰り出しているらしいことだけを知っていた。音楽好きなんだなぁと勝手に少し嬉しく思っていた。
そんな彼女が新代田FEVER・POPOで初めての写真展を開いたのが2017年9月のことだった。韓国のインディー・シーンを切り取った『弘大の音楽家』。私はその時初めてちーちゃんの写真を見た。正直、圧倒された。迸る汗が飛んでくるのではないかと思うほどの臨場感と、フレームから溢れ出る痛いくらいのエネルギー。聴いたこともない音楽の“いくつもの一瞬”が収められた写真の前で、ぐっと息を呑んだ。
最近では韓国インディーに留まらず、日本インディー界の錚々たる方々のライブ写真も撮っている彼女。笑ってしまうくらいにまっすぐで、ちょっとぶっ飛んでいて、そしてエネルギーにあふれたちーちゃんの言葉達。「明日にはカメラやめてるかもしれないし!」あっけらかんとした無自覚さで全てを引き寄せてきた彼女が、写真家として、一人の女性として、はたまた人間として、今後どこへ向かうのか。見守るなんておこがましいことでなく、こっそり楽しみに、近くから見ていたいなぁと思う。
Interview & Text:Nozomi Nobody Photography:ともまつ りか
取材協力:経堂・お蕎麦のしらかめ
いきなりの韓国、たまたまのカメラ
Nozomi Nobody(以下Nozomi):何から話そうかなぁ。もう13年ぶりとかでしょ?高校卒業してから一回も会ってないよね?
工藤ちひろ(以下工藤):ね、そうだよ、13年か。10年とかじゃないんだね。
Nozomi:そうなんだよ。だから今日はゆっくりその空白を埋められたらと思ってます。写真は大学ではじめたの?
工藤:いや写真はじめたのはね、3年前から。
Nozomi:あ、そうなんだ。
工藤:私元々駐在してたんだよ、シンガポールに。
Nozomi:それは今務めてる会社の仕事で?(※ちーちゃんは現在会社勤めをしながら写真家としても活動中)
工藤:そう。それでその後1年くらいして今度は韓国に行って。シンガポールってちょっと訛った英語だから、(コミュニケーションが)結構大変で苦労したんだけど、でも英語だから何となくどうにかなってて、でも韓国に行ったら言葉がマジで象形文字みたいじゃん(笑)。私にとっては模様みたいな。それでやっぱり生活が大変で、仕事はもちろんやるんだけど、ご飯食べにお店に入ったら「ノー・イングリッシュ!しっしっ!」って言われちゃったりとか。言葉がわかんないから当然友達も出来ないし、だから結構悲しい感じでひとりで本読んだりしながら…
Nozomi:1年間?
工藤:韓国にいたのは1年半くらい。それであるとき父親がカメラをくれてね、別に何でもないカメラなんだけど、それを首から下げて。韓国の下北みたいな弘大(ホンデ)っていうところに空中キャンプっていうバーみたいなところがあって、
Nozomi:あぁ聞いたことあるね、有名なところよね。
工藤:そう、有名なの。日本語喋れる子達も結構いて。
Nozomi:あ、そうなんだね。
工藤:そこの人たちには今でもすごくお世話になってるんだけど、彼らが「ライブがあるからちひろも見においで」って言ってくれて。それでそこにのこのこ行って、写真を撮ったら友達が出来たの。
Nozomi:へ~
工藤:それで、「これは!」って思って。私は江南(カンナム)っていうビジネス街に住んでたんだけど、そこから大体電車で1時間くらい、カメラ持ってライブに通うようになった。日本だとライブ中に写真撮ると結構怒られちゃったりするじゃない?でも向こうって写真撮影自由で、むしろSNSに上げて宣伝してもらうって感じだったから、とりあえず入場料払って入って、写真撮ってTwitterとかに上げて、そしたら友達がすごく沢山増えて、「これは楽しい!」みたいな経緯なのよ。
Nozomi:じゃぁもう本当にさ、いきなり外国に連れて行かれた子供が言葉通じなくて、コミュニケーションのために何かをはじめたみたいな、そういう感じなんだね。
工藤:そう。だから別にね、写真でなくても良かったなと思ってて、たまたま写真だったっていうだけで。
Nozomi:パパは何でいきなりカメラくれたんだろうね。
工藤:私が前からカメラやりたいって軽い感じで言ってたの。
Nozomi:お父さんは日本にいたんでしょ?
工藤:日本にいた。多分お父さんは別に何も考えてないし、私もいちいち友達不足してるとか言ってないし(笑)私の状況なんて知らないから、たまたま何となくくれたのが良かったって感じなの。
人生を変えるような国になった
Nozomi:それで弘大に通うようになって、韓国のインディーを撮るようになった。
工藤:そう、でもその数ヶ月後に日本に帰ってくることになって、私からしたら「あれ、せっかく友達出来はじめたのに(それから)4ヶ月しか経たずに帰るんだ」みたいな。ずっと友達もいなくて言葉も出来ない状態だったから…
Nozomi:本当に1年くらい一人で。
工藤:そうそう。
Nozomi:日本人あんまりいなかった?
工藤:先輩がいたんだけど、普通に良くしてもらってるって感じで一緒に何かしたりっていうわけではなかった。だから弘大に行くようになって、ライブ観て写真撮ってお酒飲んで、それで徐々にバンドの子たちとすごく仲良くなって…それが私にとって日本ではなかった感覚だったんだよね。弘大ってとてもスペシャルな環境だから、韓国の他の地域の事情はわかんないんだけど、彼らってすごくウェットで、私が悲しい時に一緒に泣いてくれるような友達がいっぱい出来た。
工藤:親身になってくれて、何かあったら無条件に「ちひろは悪くないよ」って言ってくれるような、それが良いか悪いかは別として、そういう友達がすごくいっぱい出来て、それは私にとって日本ではなかったし、私やっぱちょっと変わってるからさ(笑)。元々あんまりオープンマインドではないんだけど、そんな私も困ったことがあったら素直に相談できる人が出来たんだよね。だからすごくスペシャルだったわけ。だから、日本に帰ってきてからは(弘大に)通ったのよ。
Nozomi:うんうん。
工藤:大体一年半くらいかな、ずっと通って。平日は普通に働いて、金曜日の夜にリュックにカメラ詰めて、羽田空港行って、夜の2時発の飛行機に乗って、朝4時くらいに向こうに着いて、空港の椅子で倒れて寝てる、みたいな(笑)。
Nozomi:あはは
工藤:で、空港出発して、ぶらぶらして、夜はライブ行って写真撮って、友達と一緒にお酒飲んで、寝て、次の日またライブ行って写真を撮って、その後夜の飛行機に乗って深夜に日本に着いて、みたいなのを毎月やってて。月に1回か2回、多い時3回とか行って、それでひとつの区切りとしてあの写真展をしたの。
Nozomi:すごい。えっと、日本に帰ってきたのはいつ?
工藤:この1月でちょうど2年経ったの。
Nozomi:じゃぁ弘大とのつながりは、3年とかになる?
工藤:そうだね。今も仲良い友達がけっこういるし、あとやっぱり同い年くらいの子達がたまたまその時弘大のシーンですごく活躍してたっていうこともあって、もちろん音楽やめちゃってる子もいるんだけど、横の繋がりがずっと残ってるっていう感じ。
Nozomi:韓国には、急に行くことになったの?
工藤:そうそうそう。だから意図せず。元々あんまり気になる国ではなかったのね。あんまり韓流とか興味ないし(笑)、化粧品も興味ないし。だから最初は「えっ」って…言葉も出来ないし、どうなっちゃうんだろうって。でもそれが一転して、ちょっと大げさだけど、人生を変えるような国になったというか、出会いがいっぱいあった。
バックステージで待ち伏せ「写真撮りたいです」
Nozomi:最近は日本の色んな方々も撮ってるじゃない。それはどういう繋がりだったの?
工藤:それは人にもよるんだけど、待ち伏せして「入れて欲しい」って頼んだりとか…
Nozomi:入れて欲しいって…??
工藤:有名な人になればなればなるほど写真ってそう簡単には撮れないじゃん。だから、バックステージの裏とかで待ち伏せして、「写真撮りたいです」って言って、
Nozomi:え、いきなり「撮らせて下さい」って言いに行ったの??
工藤:そうそう。たまたま韓国に(ライブに)来てたバンドとかだと、私のこと「あぁあの日本人の子」って覚えててくれたりとかして、それをきかっけに無理やり写真を撮りに行かせてもらったり…(笑)。
Nozomi:え、どういうことなの??全然意味がわかんない…。
工藤:え、だから例えば、けっこう日本のバンドが韓国に来るのよ、その時に私がのこのこ行って写真を勝手に撮って、勝手にTwitterとかに上げて、そうするとさ、
Nozomi:「あぁ韓国のときのあの写真の子」みたいなこと?
工藤:そう、それで覚えててくれた方が結構いて、日本で再会したら「(写真撮っても)いいよ」って言ってくれたりとか…。ちょっと変わった話なんだけどさ。引くでしょ(笑)。
Nozomi:いやぁ…やっぱりそういうところがすごいね。でも高校のときからそういう感じだった。そういうエネルギーはすごいあるよね。
工藤:やっぱりSNSってすごくて、韓国にいたときに撮った写真を(SNSに)上げてたら、LAUGHIN’NOSEのチャーミーさんがそれを見ていてくれて、たまたまライブ会場であった時に「君のインスタ見たことあるで」って、それで知り合ったんだよね。それからラフィンの写真を撮らせてもらったり、韓国のバンドとのコンピアルバムを手伝わせてもらったり、今はさらにそこから知り合った人の写真を撮らせてもらったりとか…あとは自分がついていったバンドの対バンがいたときに無理やり撮らせてもらったりとか、ミュージシャンの飲み会とか打ち上げに乱入して、マネージャーさんの連絡先聞いたりとか(笑)。
工藤:それで後日連絡して(ライブに)入れて頂いたりとか…
Nozomi:行動力…!!
工藤:っていうかもうウザいよね(笑)。
Nozomi:いやでもそれは素晴らしいよ。結局絶対そういうことだもんね、人との繋がりって。
工藤:でももちろん断られることもいっぱいあって、みんな優しいからもちろんそんなに嫌な感じではないんだけど…、だってちょっと変だし怖いじゃん。「何この人」って感じだからさ、マジで。
Nozomi:わかっててやるのがすごいわ。
工藤:だからそれもね、断られればもちろんやや落ち込みして、でも30分くらいしか集中力が続かないから30分くらい落ち込んだら「まぁいっか」みたいな。
Nozomi:忘れるんだ。
工藤:良い経験だったとか言ってポジティブになるね。あとは知り合いにちょっと紹介して頂いたりとかするけど。でもカメラマンて大体元々(決まった人が)ついてるじゃない。だからそこに入っていくのはなかなか難しいよね。
Nozomi:でもさ、色んな関わりが出来てきて、それがどんどん増えて来てるわけじゃない。
工藤:うん、それはあるなと思う。有難いことに。やっぱり私ちょっと変わってるよね(笑)。
旅するレコード屋さん「ちょうちょレコード」
Nozomi:韓国のシーンってどういう感じなの?
工藤:楽しいよ!!
Nozomi:あはは。韓国の音楽は向こうに行ってから初めて聴いたんでしょ?
工藤:そうそう、でもしょっちゅうライブ行ってるから超詳しくなっちゃって。日本に戻ってからも韓国に行って帰ってしてるじゃない、その時に突然ね、レコード屋さんを発足して、向こうでCDを買ってリュックに入れて帰ってきて日本で売るっていうのをやったのよ。今もやってるんだけど。
Nozomi:へ~!!
工藤:最近はそんなに(韓国に)行ってないけど、行った時に買って、インターネットのDIYショップ、ちょうちょレコードって名前なんだけど。
Nozomi:ちょうちょ?
工藤:そうそう、向こうで仲良くなったミュージシャンの子が、私がよく海外に行ってたから「ちひろはちょうちょみたいね」って。ちょうちょって素敵なイメージでしょ?だからその言い回しが気に入って、「ちょうちょが旅した先で出会った音楽を紹介するレコード屋さん」っていう風にして。
と言うことで、突然の気まぐれで、旅するレコード屋、”ちょうちょレコード”を始める。わたしが旅する先々で偶然に出会う素敵なおんがくを、ちょっぴりささやかに紹介できたらすてきだ、そんな気持ちの延長線上にある、店舗のないレコード屋。ありがとう、おんがく
2016.07.01— ちょうちょレコード (@choucho_records) 2016年7月1日
https://platform.twitter.com/widgets.js
Nozomi:うんうん。
工藤:利益とか全然ないっていうかむしろ赤字なわけ。超絶赤字だし、うちの会社副業しちゃいけないんだけど、もう副業にも入らない、むしろ自分でお金払ってやってるみたいな謎の展開(笑)。「ちょうちょレコードっていうんです」とかってTwitterとかで宣伝して。
Nozomi:知らなかった。めっちゃいい話じゃん。
工藤:そう、一生懸命やってね、それで1年くらいで250枚くらい売れた。
Nozomi:えーすごいね!!
工藤:でもさ、空港で引っかかるわけ。「なんでこいつリュックにこんなにいっぱいCD詰めてんの!?」って感じになるじゃない?
Nozomi:うん(笑)。
工藤:だから、「いや、彼氏が韓国にいるから頻繁に行き来していて、K-POPもすごい好きで」って言って。
Nozomi:あはは
工藤:「これもう本当全部自分のです」って、それで通してもらうみたいな(笑)。
Nozomi:すごい。ちょっと私いま涙出そう…
工藤:あといつもすごい安い便で行くから荷物の重量制限とかあるわけ。でもカメラとレンズが超重いから、それだけで(重量に)達しちゃってるの。でもチェックインするときに量られるから、まるで私はこれ(カメラを入れたリュック)しか持ってないみたいな顔して、レコードとかCDはそこら辺に置いて、颯爽と(カウンターに)行ってチェックインしたわけ。で、「あぁ良かった、これで乗れるわ」と思って「かーえろ」ってそこら辺に置いてある私の荷物見たの。そしたらおじさんが3人で取り囲んでて(笑)。テロの爆発物と勘違いされちゃったんだよね。それで向こうでも誰も聴かないようなボロボロのレコードをその場で全開にすることになっちゃって(笑)。
Nozomi:一枚ずつ(笑)。
工藤:そう、「放っといたらダメだよ、常に携帯してね」って注意されて、「ごめんなさい」って(笑)。
Nozomi:みんないい人だね(笑)。
工藤:そういう様々な苦難を乗り越えて(笑)。ちょうちょレコード。
(後編に続く)
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