11月27日(月)、LAのラッパーNipsey Hussleが設立したAll Money In Recordsが、Atlantic Recordsと契約を結んだことが発表された。Nipseyはその3日後にPower 106の『The Cruz Show』に姿を現し、Atlanticとの契約や、来年2月にリリースが予定されている待望のデビュー作などについて語っている。
今回のパートナーシップ契約は、彼にとってどんな意味を持つものなのか? 気になるアルバムの内容は? 彼の言葉から探っていきたい。
Atlanticとの「戦略的」パートナーシップの経緯
これまでの道のりを「マラソン」と形容するNipseyは、今回の契約は単なる契約でなく「戦略的パートナーシップ」だとしている。ここでの「戦略的」は何を意味するのだろうか。
「俺らの動きに関して上手く賢くやるってことさ。これまでやってきたとおりだよ。今回の件に関して言えば、Nipsey Hussleのプロジェクトを出すための、All Money InとAtlantic Recordsという2つの会社の契約なわけだけど、そこで最初に出すアルバムが『Victory Lap』だ。俺はコントロールすること、公平なオーナーシップを持つことには本当に拘ってきた。これはネクスト・レベルでのパートナーシップなんだ。やるべき仕事は山ほどあった。伝統的な、いわば産業の『エゴ・システム』の外で、価値を築かなきゃいけなかったんだよ。それがあるレベルに達して初めて、俺らの求めるものが意味をなした。(パートナーに求めるものを)正当化できるレベルになったんだ。」
Atlanticと契約した今も、自分たちはインディーズだとNipseyは強調する。Atlanticをパートナーとして選んだのは、アーティストをビッグにすることに長けているだけでなく、同時にアーティストの仕事を尊重する姿勢がみられたからだという。
「俺のやり方でやるってことが重要だった。俺は自分のキャリアを賭けたんだ。こんなふうにならないなら、望んでなかった。」
NipseyはDisturbing Tha Peace、Murder, Inc.、Roc-A-Fella、Death Row、No Limitといったレーベル名を挙げ、「彼らが礎を築いてくれたんだ。彼らよりも悪い契約にするわけにはいかなかった」と話しており、契約においても妥協しない姿勢がうかがえる。
とはいえ、Nipseyが最初にデビュー・アルバム『South Central State of Mind』のリリースを予告していたのは、もう7年も前のこと。さすがに時間をかけすぎたと後悔しているようだ。
「ここまでの過程でホームボーイを1人亡くしてしまって、フィールドに長く留まりすぎたって後悔してるんだ。この転換を遂げるのに時間を掛けすぎたってね。(中略)結局のところ俺はアーティストだから、長いこと作品を温めてリリースしないと、変な感じがするんだ。アプリシェイト(感謝・評価)されるっていうのがどんな感じか忘れちまうんだ。出した作品がアプリシェイトされることで、また新しいものを作ろうってモチベートされる。」
大事なのはハート
これまでの会話で、Nipseyからは知性派の印象を受けるが、自身は「周囲で一番バカなのが俺」と謙遜する。むしろ論理よりも感情を重んじているようで、次のように語っている。
「ハートがこのゲームで一番過小評価されてる部分だと思うよ。みんな論理で動くけど、それじゃ日和見主義者や掟破りになって、変なことが起こっちまう。みんなが論理で動いて『これはいい動き』『こいつはいい感じだ』とか言うけど、ルールや掟ってもんがあるだろ。ハートがあれば、アホなことも、忠誠心に欠くことも、機会に備えるようなこともしなくなるのさ。」
人情を重んじるNipseyの交友関係は幅広く、起業家・作家のゲイリー・ヴェイナチャックもその一人である。まだ彼と2回しか話したことがないNipseyだが、彼の急進的で物怖じしない姿勢は大いにリスペクトし、刺激を受けているという。
NasやJAY-Zと比較されることについて
番組出演の5日前にBino Rideauxとのコラボ・ミックステープ『No Pressure』をリリースしたNipseyは、時にNasやJAY-Zといったベテランのラッパーと比較されることもあるが、悪い気はしないようだ。
「俺もリリシズムとストーリーテリングで育ってきたからね。Nasは偉大なストーリーテラーでリリシストだし、JAYもそうだ。」
そのJAY-Zは、2018年のグラミー賞で主要4部門のうち3部門を含む全8部門にノミネートされ、話題となっているが、グラミーについては「手に入れるまではクソだ」と強気な姿勢を崩さない。
「いい曲」は捨てろ?
日々スタジオでレコーディングに明け暮れるNipseyには、相当な数のストックがあるにちがいないが、その中でアルバムに収録する曲はどう選んでいるのだろうか?
「リオ・コーエン(音楽業界のベテラン)が、たしか3年くらい前に素晴らしいアドバイスをくれたんだ。『音楽の世界で何がおかしいって、いい(good)曲なんだよ。ひどい(terrible)曲や素晴らしい(great)曲は聞けばすぐに判るけど、いい曲は混乱させる』って。だから俺がアルバムのために曲を選んでる時も、出来てすぐに『これはアルバム向きだ』って思わなかったような曲はアルバムに入れなかった。考えるようなのは全部切った、というのも考えるってことは素晴らしい曲ではないはずだから。素晴らしい曲だったら全員に響いて満場一致になるから、考える必要ないだろ。」
とはいえ、「いい曲」がすべてボツになっているかといえばそういうわけではなく、2013年に書いたフックに最近書いたヴァースを合わせて完成させた曲も、アルバム『Victory Lap』には収録されるという。その曲の2ヴァース目は客演のようで、要注目だ。アルバム全体としてどのような出来になっているかという質問には、以下のように自信をみせる。
「これは俺のストーリーの集合なんだ。なぜ俺がここにいるのか、なぜ俺がAtlanticと一緒に事業のオーナーをやってるのか…そういう『なぜ』に細かく答えるアルバムになってるぜ。ハスラーだとか、ストラグルしてきたとか、そういうありきたりのストーリーはよくある。俺もそれを経験してきたけど、それだけに留まりたくない。何が起こったのか、詳細を伝えたいんだ。(中略)全部本当の話なんだ。みんな知ってるしあまりにリアルだから、仲間は聴いた途端に考える間もなく涙を流すだろう。」
父親として
キャリア初期から作品に名前が登場するEmaniちゃんに加え、女優のローレン・ロンドンとの間にも昨年子供を授かったNipseyだが、パパとしての活躍ぶりはどうなのだろうか?
「ハッスルして、グラインド(稼ぐこと)にコミットしてるよ。父親業は簡単なんだよ。外に出ると難しい決断を下さなきゃいけない。そのグラインドのせいで、誕生日やクリスマスはちゃんと祝えたけど、チアリーディングの練習や大会を観に行けなかった。PTAもな。でも、それもゲームの一部なんだ。みんなが犠牲を払わなきゃいけない。娘にもそう説明したよ。俺がこの機会を手にした最初の世代で、君もいずれ(機会のために)犠牲を払わなきゃいけなくなるって。」
ネット時代の子供とはジェネレーション・ギャップを感じることもあるようだ。
「俺らは15になったら、タコベルでも何でも仕事を手に入れようと考えてた。あいつらはそうは考えない。『ヴァイラル・ヒットする』なんて言うんだ。俺なんて60th(・ストリート)とクレンショー(・ブルヴァード)のタコベルに10回くらい面接に行って、毎回落とされたのに。」
ただ、そうは言いつつも「とにかく仕事を得ようとしていたけど、どうしてそこまで必死だったのか分からない」と当時の自分を振り返っている。ちなみにNipseyが最初にした仕事は、11歳か12歳の時の靴磨きで、学校の制服を買うために夏休みの大半を費やしたのだとか。お金を使う間もなく夏休みを終えたNipsey少年は、トミージーンズのジャケットを手に入れて新学期を迎えることとなる。Nipseyの「ハッスル」の原点はここにあったのだ。
Nipsey Hussleの「マラソン」は終わらない。戦略的にキャリアを積み重ねてきたNipseyは2月、我々にどんなアルバムを届けてくれるのだろうか。地元の仲間や娘への愛と情熱に溢れたものになることだけは間違いなさそうだ。
奧田翔(おくだ・しょう)
1989年3月2日宮城県仙台市出身。会社員。Nipsey Hussleの“Keys 2 the City”は、ヒップホップの新譜に興味を持つきっかけになった曲。
https://twitter.com/vegashokuda
Source: FNMNL フェノメナル