制作系の音楽雑誌をパラパラとめくっていると必ず手を止めてしまうコーナーがあります。それはアーティストのプライベートスタジオの取材記事。インタビュー内容を読みながら写真を隅々まで観察し「へえこの人はスピーカー横置きなんだ」とか「この液晶モニタ大きくていいなあ」とか「シンセこの位置で弾きづらくないのかな?」とか。友人のスタジオをみつけて「あ、こないだここで作業したなあ」なんてことも。
プライベートスタジオ。
よい響きですよね。かくいう僕もいっちょ前に自宅から10分ほどの場所に小さなスタジオを構えております。駆け出しの10代の頃は実家の部屋を2重サッシにすることで簡単な防音を施し、作業をしていました。ことのほか防音効果が高く、深夜に爆音で作業をしてもクレームなどがこなかったので、実家を出て一人で住みはじめたあともしばらくは作業のために“帰省通勤”して作業をしていました。
今のスタジオは立ち上げて7年ほどになります。レコーディングスペースとしての居心地の良さはもちろんですが、ちょっとしたミーティング、ラジオ放送にも使え、自宅とは違いスタッフや音楽仲間の出入りもある程度任せられるので僕の生活には欠かせない場所です。もはや僕はこのスタジオを維持したくて音楽をやっているのではないかと錯覚してしまうほど。短い距離ではありますが自宅から徒歩通勤することで気分転換にもなるところも気に入ってます。
こちらは簡易的に二重サッシを追加した以前の作業スペースとは違い、ビルの一室の内側にさらにもう一室建て込むような形でつくった“二重部屋”仕様になっており、配線やエアコンのダクトなどにもこだわって防音処理を施しました。スタジオが完成した初日、すべての窓を締め切った僕は外の交差点を眺めました。渋滞にイライラした車がクラクションを鳴らしていますが、何も聴こえません。やったね。
静かな部屋で初めての作業です。キックからリズムを組み立て、それらをループさせながらベース、ピアノと入れていきます。気がつくと30分ループさせっぱなし、なんてこともあります。テンションに合わせてボリュームも自然と上がってきました。
「コーヒーでも買ってきて休憩しようか」
あえて作業してる音を鳴らしたままスタジオを出てドアを締め、階段をおります。力強く鳴っていた4つ打ちのキックが少し遠くになりました。
「ドンドンドン」
ん?遠く?いや遠くじゃダメじゃない?ていうかこれめちゃめちゃ音、漏れてない?
スタジオは外から入ってくる音の遮音性には優れているものの、内側の演奏音を漏らさない為の防音は完全ではなかったのです。そもそも僕がやっているような低音の効いた音楽を鳴らすのに、外部には一切聴こえないような防音環境を個人で構築するというのは無理がありました。
慌ててスタジオに戻り音を一旦止めた僕はその足で菓子折りを買いに走り、施工時は業者の方に任せっぱなしだった隣接するお部屋に挨拶に伺いました。自己紹介をした上で事情を説明し、ご理解をいただいたというわけです。結局のところ、プライベートレベルの音楽制作における音漏れの問題というのは完全に0にするのは難しく、それが届いてしまう方とどう折り合いをつけるかの方がよっぽど重要で現実的であると気づかされました。
またそれらの“お隣さん”がオフィスだったりアトリエだったりで夜はご不在とのこと、かえって夜のほうがのびのびと音を出せることもわかりました。そんなわけで防音という意味では決して完璧とは言えない僕のプライベートスタジオですが、幸い今のところ一度もクレームを受けたことはありません。同じキックの音でも、出所も顔もわからなければ完全な騒音ですが、ちょっとしたご挨拶のおかげで近所の環境音として多少なりとも許容していただけるということなのかもしれません。そういえばアトリエからはときどき塗料の強い刺激臭がしてきますが、「ああ、何か新しい作品をつくっているんだな。」ぐらいで気にもとめません。
先日、どうしても聴きたいレコードがあったので久々に実家に帰りました(といっても同じ都内ですが)。かつての作業部屋だった自室で盤に針を落とします。ふと全ての窓を締めた上で部屋の外に出てみて愕然としました。
「、、、、余裕で漏れてる、、、!」
冷静に考えて、あれだけ気合いを入れてつくったスタジオの防音が不完全なのに、付け焼き刃の二重サッシが完璧なはずがありません。思えば実家の近隣は昔から知っている方ばかり。単純にご近所さんの配慮で成り立っていただけなのでした。
今さら申し訳ない顔をしてもどうしようもないのですが、プライベートな音楽制作で音のトラブルを防ぐには細心の配慮をすることは当然のこと、ご近所さんに自分を知ってもらうことが何よりの騒音対策であると改めて痛感したのでした。
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