4月にデビューアルバム『分離派の夏』をリリースすると発表した小袋成彬。そのアナウンスと同時に公開された先行シングル”Lonely One feat. 宇多田ヒカル”は、同作のプロデュースも務める宇多田ヒカルをフィーチャーした楽曲だった。
これまでほぼ他のアーティストの楽曲に参加することのなかった宇多田ヒカルが、新人アーティストの楽曲にフィーチャリングで参加しているという出来事への驚きと共に、楽曲自体への衝撃も広がっている。
モダンなR&Bのスタイルをミニマルに昇華しつつも、精緻な音作りと後半の独創的な展開に驚かされるトラックの上で、小袋は同作の核となるリリックをエモーショナルに歌い放ち、宇多田はこれまで披露したことがない節回しで、これまでの宇多田の歌に慣れ親しんできたリスナーにも、彼女の底のなさに気付かされることになった。
では小袋成彬というアーティストとは、一体どういうアーティストなのだろうか?アルバムの全貌がまだ見えない段階ではあるが、これまで小袋本人と接点があったプロデューサーでエンジニアのThe Anticipation Illicit Tsuboi、音楽評論家の柳樂光隆、Maltine Recordsを主宰するtomadの3名にそれぞれが見た小袋成彬、さらに”Lonely One feat. 宇多田ヒカル”についてコメントを寄せてもらった。
The Anticipation Illicit Tsuboi
柳樂光隆
tomad
The Anticipation Illicit Tsuboi
これを書いてる今日、この曲は更に自分にとって特別な曲になった。
彼の人生における1つの通過点としての「今」想っていること、ありのままの気持ち、が痛いほどこちらに伝わってくる。
それも最初に聴いた時からモロに。
時間をかけてそう受け取れた曲は過去にあったが、ファーストインプレッションでここにまで到達した曲は自分の人生で初めての出来事だったのでかなり困惑した。(とある友人がそれ以前に既にこの曲を聴いており、大変良かったという話は耳に入っていて心の準備は出来ていた筈なのに)それほどまでにこの曲が公開された2018年1月17日は大事件だった。
OBKRこと小袋くんとは彼が以前組んでいた「N.O.R.K.」でエンジニアをした縁で知り合いで、メンバーの國本怜くんと共に、それはとても大変先駆的なユニットとして活動。その際によく2人はマーケティングを含めた音楽のあり方、そして「何故皆んなやらないのか?」と言いながら次々と斬新なアイデアをその時点で有しており、これはとんでもない人達がいるものだと感銘を受けたのを憶えてます。
ユニット解散後、おそらくその時に話してた野望に果敢にトライする方面にそれぞれが進み現在に至ってるのは周知の事実で、OBKRくんもTokyo Recordings旗揚げし数々の名仕事を残してるのも知っていました。
そんな彼が1人のシンガーとしての活動を行うと聞き、自身のソロになった際の曲の骨格がどうなるのか大変楽しみと同時に自分語りでどのような世界観を打ち出すのかは全然予想出来ず、不安混じりで待ち焦がれていて現れたのがこのLonely One。
とにかくリリックが体に突き刺さってくる度合いがハンパない。もう完全にこれは彼の「声」と圧倒的なメッセージの強さ。
勿論曲のアレンジ、バランスも素晴らしいのだが、それは悪いが後手に回ることになる。
聴き手の心に新しい風がふわっと優しく入り込んでくる感じ、だけど言葉と内容のセンテンスはとても普遍的なテーマを歌っており、普遍さと新しさが混同するせいでこちらの気持ちをぐちゃぐちゃに混乱させる。でもそれが曲が終わった頃には晴れやかな気持ちにさせてくれるという。
こんな音楽そうはない。
おそらく一生聴いていくであろう曲であり、自身がとても大切な時に救われる曲だろう。
特に今日、大切な人が旅立った日にこれを聴いて本当に救われました。
OBKRくん本当にありがとう。
The Anticipation Illicit Tsuboi
RDS都立大を拠点とするエンジニア/プロデューサー/DJ/レコードコレクター。ECDとの共作やキエるマキュウとしての活動など日本のHIPHOPシーンに特異な足跡を残す。
近年はPUNPEE、KANDYTOWN、JJJ、KID FRESINO、トリプルファイヤーなどの新世代のアーティストのミキシングやプロデュースにも数多く携わっている。
柳樂光隆
僕が小袋くんと始めた会ったのはWIREDでの取材だった。『音楽の学校』という特集の中で、彼が小島くんや酒本くんとやっているTokyo Recordingsのレーベルとスタジオを取り上げるために話を聞きに行った。正直に言うと僕の専門は日本のポップミュージックではない。だから、彼らのレーベルの名前や水曜日カンパネラの曲を手掛けたこと、小袋くんがやっていたN.O.R.K.というプロジェクトのことくらいしか知らなかった。取材に行く前は、楽しみ半分、ちょっと不安半分といった感じだった。
ただ、取材が始まった瞬間に彼らの面白さに一気に引き込まれてしまった。それは彼らの音楽に向き合うスタンスがあまりに面白かったからだ。特に面白かったのが以下のやり取り。
小袋「この前、Flying LotusとKendrick Lamarの”Never Catch me”を聴いていて、そこにあったピアノで弾いてみたらピアノだったら弾きにくいねって話になって。じゃ、ギターでやってみようってなって、それだったらハイポジでイケるねみたいな。あいつギターで作ったんじゃねみたいな。」
小島「たぶんコードはピアノだけどね。」
小袋「で、メロはギターかなっていうね。俺たちも今度からフレーズはギターで作ってみるかみたいな。結構感動したんだよね。」
といった具合の会話がAdellやChris Daveになったと思えば、Dave Fridmanに飛んだり、それらがいちいち音楽的で示唆に富んだものだった。その後、『EYESCREAM』で現代のジャズについて対談したり、ラジオに出て話したりもした。僕にとって小袋くんは「音楽のことをよく知っていて、的確に分析している人」という印象だ。
新曲の”Lonely One feat. 宇多田ヒカル”がアップされて聴いたときに最初に思ったのは、ここに色んな文脈が入り込んでいることだった。トラップ経由のビートやスカスカな空間性があれば、Bon IverやDirty Projectorsの近作的な非R&B側からの現行R&Bへのアプローチ的な文脈もある気がする。それと同時に演奏された楽器による生々しい手触りがあるのは現代のジャズミュージシャンが作る音楽と通じる部分もある。時折、ゴスペルっぽい荘厳さとフォークっぽい透明感のかけらも聴こえてくる。「世界的な音楽の潮流を意識したR&B」に聴こえるが、その中には様々な要素がさりげなく、丁寧に、かつ大胆に織り込まれている。同じような情感とトーンだと思わせながら、その中ではサウンドが大きく動き展開し、何度か物語がドラマチックに切り替わっているのを自然に聴かせる構成もすごい。聴き流せるのにエモいのだ。
そして、シンセの音がものすごく立体的で、その音が音圧や音色、触感を変化させながら鳴っている「音の運動」を肌で感じることができるような音作りは、耳触りはいいのに、さりげなく攻めている。ほぼ全編日本語で日本語ゆえの語感もリズムも情感もあるのに、(悪い意味での)ドメスティックな雰囲気はまったく纏っていない。それが小袋の歌い口のせいなのか、サウンドのせいなのかわからないが、こんな曲は今までに聴いたことがなかった。なんども聴きながら、曲の中に入り込んだ。
まだ僕は”Lonely One”1曲しか耳にしていない。「音楽のことをよく知っていて、的確に分析している人」が自分の名前を冠して作ってきたアルバムの全体像を聴けるをとても楽しみにしている。ディテールのことはいつか、どこかで会ったら聞いてみたい。
柳樂光隆(Jazz The New Chapter)
1979年島根県出雲生まれ。ジャズとその周りにある音楽について書いている音楽評論家。現在進行形のジャズを紹介したガイド・ブック「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』。コンピレーションの選曲なども多数手掛け、2/14にジャズの名門ブルーノートのコンピレーション『All God’s Children Got Piano』をリリースする。
tomad
夕食を食べ終え一服しながらTwitterのタイムラインを見ていると「宇多田ヒカルプロデュース作で小袋成彬がメジャーデビュー」というニュースが流れてきた。まず宇多田ヒカルプロデュースという文字列に僕は驚いた。そして、小袋成彬。
N.O.R.K.は知らなかったけれど、Tokyo Recordingsはレーベルとして気になっていて、それで小袋さんを知った。知り合いを通じて何度か会う機会があり、世間話というかレーベル運営大変ですよねというような話をした覚えがある。Maltine(僕が運営しているレーベル)のことも尊敬していると言ってくれて嬉しかった。
Arcaの来日公演だったかろうか、BjörkがDJするかもという噂でWOMBのフロアはごった返していた。バーカウンターの近くに立っていると、顔を覚えていてくれたのか偶然に遊びに来ていた小袋さんが声をかけてくれた。そこで、「そういえば、まだ誰にも言わないで欲しいんですけど、宇多田ヒカルさんからオファーが来て今度ロンドンでレコーディングするんですよ」という話を聞いた。意外だったけれど何か納得して、面白くなりそうだなと期待を膨らませたのを覚えている。そんな些細な記憶を僕はこの文字列を見て回想していた。
深夜0時を回った頃にSpotifyで小袋成彬 – “Lonely One feat. 宇多田ヒカル”を聴いた。
エレクトロニカのように極力シンプルな音色の上に凛としたボーカルとそれに並走してピッチをズラしたハモリが入り日常から離れた浮遊感がある。一昨年Frank Ocean – 『Blonde』をよく聴いていたのでそれを思い出した。そこに、宇多田ヒカルのバースが不意に入ってくる。他の曲ではあまり聴かないような歌い方でグッと引きつけられるものがあった。終盤はエンドロールのように雰囲気が変わり、別の場所に着地するような壮大なホーンセクションと共に幕を閉じる。音数は少ないけれど情景の質量が多い。聴き終わってクラクラしてしまい、ペラペラのハウスミュージックを聴いて正気を取り戻した。
そして、「『分離派の夏』完成に寄せて」と題された文章を読み、ティザービデオを見た。そういうことだったのかと腑に落ちた。ティザーはやりすぎかなとムズかゆく思ったけれど、それも彼らしさがあり良かった。
どういう経緯でこの楽曲が出来たのか僕は詳しくは知らないが「小袋成彬」 と「宇多田ヒカル」その「ひとり」と「ひとり」の出会いによって生成された楽曲であることは間違いない。
自らが何かを表現するのか、それとも表現する誰かを横から支えるのか。表と裏を忙しく行き来した彼はあるところは繊細に、あるところは鈍感になりすぎたのかもしれない。矛盾する役割を抱えるもどかしさを胸に潜めていたのかもしれない。それが1つの出会いによって新たな道へと進んだ。
随分と彼は遠くに行ってしまったし、彼がここからどこに行くかは知る由もないけれど、このまま突き進んで欲しい。たぶん、ひとりではたどり着けない面白い所に行ける気がするから。
tomad
2005年、インターネットレーベル「Maltine Records」を設立。これまでに160タイトルをリリース。ダンスポップミュージックの新しいシーンと、東京の同時代のイメージを象徴する存在として注目されている。近年には、ニューヨークやロンドンでもイベントを開催し、海外アーティストの楽曲リリースも多数。2015年には設立10周年を記念し、レーベルの活動をまとめた『Maltine Book』を刊行。
Info
1stアルバム『分離派の夏』
4月25日(水) 発売
通常盤 ESCL-5045
価格 ,778(税抜)
収録曲
01. 042616 @London
02. Game
03. E. Primavesi
04. Daydreaming in Guam
05. Selfish
06. 101117 @El Camino de Santiago
07. Summer Reminds Me
08. GOODBOY
09. Lonely One feat. 宇多田ヒカル
10. 再会
11. 茗荷谷にて
12. 夏の夢
13. 門出
14. 愛の漸進
Source: FNMNL フェノメナル