ラッパーのMinchanbabyが、9月、粗悪ビーツ全曲プロデュースによるサード・アルバム『たぶん絶対』をリリース。セカンド『ミンちゃん』から実に5年ぶりとなる本作は、前作のようなカラフルでポップなムードは消し去られ、ミニマルなトラップを基調としたビートに、Minchanbabyの相変わらずスキルフルだが、一転、鬱々としたラップが乗る怪作となっていた。3年半をかけて制作されたという本作は驚くべきことに、今年のUSのラップシーンの大きなトピックだった自殺願望とも同期、もしくは先取りをしているのだ。
12/15に代官山Saloonで開催されるCherry Brownとのダブルリリースパーティーを前に、磯部涼がMinchanbabyにロングインタビューを決行。こちらはpt.1となる。
取材・文 : 磯部涼
– 新しいアルバム『たぶん絶対』は2014年初頭からレコーディングを始めたということで、制作に3年半以上かかっているわけですね。
Minchanbaby – 前作の『ミンちゃん』(12年4月)はポップでカラフルで、売りたいって気持ちが前に出すぎたというか、時代に乗ろうとし過ぎたというか。その後、反動でHyperJuiceと悪いベース・ミュージックをやって(『Rehash of the Dead EP』、14年2月)、「やっぱ、こういう感じやな」って時に粗悪(ビーツ)さんと出会ったんです。それで、顔合わせがてら2曲つくったらお互い感じるものがあって。「アルバムを全曲プロデュースという形でどうですか?」「ぜひぜひ」ということで制作が始まった流れです。
Rehash of the Dead EP by MINT × HyperJuice
– また、アルバムのトラックは制作順に並べていると。ただ、コンセプトにしてもサウンドにしても統一感があります。
Minchanbaby – フル・プロデュースなので、サウンドの統一感は出やすいと思うんですよ。だからこそ幅が出来るよう、僕なりに注文させてもらったんですけど、確かに全体的に暗いトーンにはなってますね。
– もともと、ダークなアルバムにしようと考えていた?
Minchanbaby – そうですね。そもそも、好きで聴いてたのが、USのアガれるけど暗い曲で、それを粗悪さんなら形に出来そうだと思ったので。最初の頃は粗悪さんの、底の方に強い思いがある凶暴性に引っ張ってもらった感じでした。
– 粗悪さんは、14年にインタヴューをした際、「就職した会社がブラック企業だった」「Lex Lugerって、ストリートよりもデスク・ワークに似合う音楽だと思うんです」「あのひたすら不穏な音を耳に流し込んで、仕事のストレスを発散していました」と言っていました。そして、その後、自分でもビートをつくり始める。今作に提供したものもいわゆるトラップ・タイプですが、現代日本的でストレスフルな、だからこそ説得力のあるサウンドになっていると感じます。
Minchanbaby – 最初は音数が多かったんですよ。かなり頑張って減らしてもらいましたね。粗悪さんの特長だったグライムっぽいつくりを自分用にシフトするためには、その作業が必要でした。制作していた3年半でめちゃくちゃ大量に参考曲を送りましたし、粗悪さんも新しい機材を導入したりして、サウンドのクオリティ自体は大きく変わっていったように思います。初期につくった冒頭の4曲に関しては、レコーディングが全部終わってから、トラック総替えとまではいかないですけど、かなりブラッシュアップして。それは、自分がラップを書くのに時間がかかってしまったせいでもあるんですけど、粗悪さんも「今ならもっと良いものに出来るのでイジりたい」と言ってましたし、結果的に2017年っぽいアルバムになったと思います。
– ちなみに、参考資料として送った曲はどんなものだったんですか?
Minchanbaby – アトランタのダークなトラップですかね。アルバムをつくり始めた時はいわゆるバブルガム・トラップがまだキテいなかったし、自分はああいう曲はあまり好みではないので。やっぱり、リスナーとしては暗いものが好き。
– なるほど。そして、制作途中の2016年2月には活動終了宣言をツイートし、ファンの間で動揺が走りました。
Minchanbaby – 皆さん、思った以上にストレートに「辞める」と捉えたんですよね。確かに悩んでいた時期ではあったんです。それで、気持ちを整理するために、アイドルが「辞める」って言う時をイメージして、直接文字をツイートするんじゃなくてメモのスクリーンショットを貼ったっていう。まぁ、皆さん「またミンちゃん言ってるわ、どうせすぐ復活するんやろうな」って感じで受け止めるだろうと思ってたら、多くのひとが文字通りに捉えてしまって。ただ、「MINTとしての活動を終了します」ということであって、「ラップを止めます」とは言ってないんですけどね。だから、今も「復活しました」とも言ってない。
-〝MINT〟から〝Minchanbaby〟に名義を変えるという構想は、活動終了宣言騒動の時に既にあった?
Minchanbaby – なかったです。でも、MINTって名前がダサいとは思ってたんですよね。飽きてたし、短いんでイントロとかアウトロとかで言いづらくて。あと、検索の時に引っかかりすぎる。で、アルバムが出来た時にどうしようということになって、そういえば、もともとあだ名としてMinchanbabyがあるし、そっちに改名ということにしたら活動終了宣言ともつじつまが合うし、納得してもらえるかなと。
– ただ、色々と悩んではいたことは確かなんですよね?
Minchanbaby – そうですね。例えば、その少し前からSNSの馬鹿らしさを感じていて、ツイートもやめて、ログも黒歴史クリーナーで全部消しちゃって。
– アルバムとしてもテーマのひとつに自己嫌悪がありますし、自傷的な表現が多いですし、また、それがこのタイミングで出たことでXXXTentacionみたいなアメリカの若いラッパーたちの表現とリンクしたというのも面白いと思うんですが。
Minchanbaby – Lil Peepとか、自殺についてガンガン言ってますよね。(注:本取材後の11月15日、Lil Peepはオーヴァードーズにより逝去)
– どこまでがマジで、どこまでがネタでっていうことを聴くのも野暮な話なんですが……。
Minchanbaby – 実際、色々とありましたね。前作をリリースした後、実家を出ることになったりとか。
-〝引きこもりMC〟だったのに。
Minchanbaby – 音楽的に大きかったのは、ファースト・アルバム(『after school makin’ love』、07年)からずっと同じレコーディング・スタジオだったんですが、そこが使えなくなって。自分は、スタジオはボタンを押してもらうだけじゃない、濃い関係のものだと思っているので、仲が良くないと作れない。そこでは、ファーストから『たぶん絶対』の前半まで、8年ぐらいにかけての曲を全て録音していて、気を使わずに制作出来た。それが、エンジニアさんが引っ越しをすることになって使えなくなったのが大きくて。また人間関係をゼロから構築しなきゃいけないんで、しんどかったですね。4曲目までと5曲目以降のスタジオのクレジットが変わっているのはそのせいですし、そこで間がかなり空いてしまったんですよね。当時は粗悪さんにトラックをもらって、ノートにずっとリリックを書いてるだけで。だから、5曲目以降はちょっとトピックが変わってると思う。もう一段階、下に落ちたというか。
– ミンちゃんの楽曲は、ずっと、フィクションとノンフィクション、キャラクターと生身の間を揺れ動くようなところがあったと思うのですが、〝黒ギャルアイドルラッパー〟を自称した前作『ミンちゃん』が前者寄りなら、今作はその揺り戻しで後者に寄ったという解釈は間違っていないですかね。
Minchanbaby – そうですね。今回の内容は、キャラを演じつつ、素の自分がポロポロと顔を出すというこれまでのつくりではなくて、大方、本人そのままですね。『ミンちゃん』はどう捉えられたいか、どういう風に曲を聴いてほしいかっていうことを考え過ぎたんですよね。そこをなくして、例え内容的には気持ちの良くないものであっても、「おれはこうだから」ってポイと投げた。どういう風に捉えてもらっても、どういうシチュエーションで聴いてもらってもお任せでいいので、「とりあえず、全部出しますね」という感じになったんですよ。
– それはラップ・ミュージックをつくり続けていく内に研ぎ澄まされて、そのような方向に進んでいったということでしょうか?
Minchanbaby – いや、それはラッパーというよりも人間的なところで。こんな状態なのに演じることなんて出来ない。自分がしんどいから。もしくは、そんな感じだったら、しんどい自分を出さなきゃラッパーとして嘘をつくことになるだろうと。ただ、個人的に苦手なポエトリー・リーディングみたいなものにはしたくなかった。「死にたい」っていう内容をポエム調で歌って、ライヴの前列は泣いてるけど、後ろは冷めてるのは、それこそ寒いんで。一応、自分はラッパーとして長く続けていて、ある程度、ビートやトレンドへのアプローチもやってきたので、やっぱり、格好良くラップの曲として歌うことが大前提でしたね。まぁ、何を歌うにしてもそこは意識してきたんですが。ずっと、「死にたい」「辛い」と言ってる16小節2バースなんて聴いてられないと思いますし。
– ライミングにこだわってきたミンちゃんならではというか、どんなに自己嫌悪的なことを歌っていても言葉遊びの面白さ、リズムの面白さがある。それに、トラップにしても、どんなにダークでもダンス・ミュージックになっているわけですからね。
Minchanbaby – そうそう。体を動かしたくなる、アガるって部分はやっぱり重要。
– あの……プロフィールでは「2004年に某クルーを脱退」と書いて名前を伏せていますけど、過去について聞いても大丈夫ですか?
Minchanbaby – 全然、大丈夫です。冷静に考えたらオレは韻踏(合組合)を3年くらいしかやってなくて、ソロの方が断然長いんですよ。まぁ、でもああいう形で世に出たら〝元・韻踏〟と書かれるのは仕方がないですけど、彼らは彼らで頑張ってるので、自分からは言わなくていいかなと。
– 初期……00年代前半の韻踏って、バウンスと言われていたようなサウス発のビートに日本語のライミングを如何に乗せるか、というようなことをやっていたと思うんですが、ミンちゃんが抜けた後は軌道修正をしてブーンバップへ寄って行きましたよね。一方、ミンちゃんはソロのファーストでスクリューを取り入れたり、そのまま進んで行く。韻踏在籍時はクルー内で音楽性についてどのような話をしていましたか?
Minchanbaby – そういうことはほとんど話さなかったですね。結果的にクルーとしてリリースをすることになってしまっただけで、自分はめちゃくちゃ好きにやらせてもらってましたから。実際はソロの楽曲を提供したり、マイクリレーにゲストで参加したり、みたいな形だったというか。なので、オレからも音楽性について意見するようなことはなかったかもしれない。当時のメンバーだと、アキラくん(現・EVISBEATS)はサウスを独自に解釈する……流行りを意識しつつオリエンタルなテイストを加えるってことを考えてたんじゃないかな。
– 韻踏はアメリカ村を拠点にしていたどころか、住んでいたメンバーさえいましたけど、ミンちゃんは神戸在住ということもあってあまり足を運んでいない感じでしたもんね。
Minchanbaby – はい。ライヴも欠席の方が多かった。そもそも、ツルむ、群れるっていうことがしんどかったんですよね。音楽の趣味とか、感覚的な部分だけで繋がっていればいいと思ってたんです。ただ、みんな若かったし、ヤンチャしようとか、女の子に声かけようとか、そういう感じもあったと思うんですよ。わいわいミーティングをして、結局何も結論が出ないまま飲みに行くみたいなことも苦手だったし、必要がないと思ってました。ノリと勢いで物事が決まっていくのが嫌だった。考えて決めたかった。
– そういった〝ツルむ〟ことこそがラップ・ミュージックの要だという考えもありますよね。
Minchanbaby – 自分の場合、純粋にヒップホップが好きで、ラップをやるのが好きだったんです。当時は友達が欲しいとか、寂しいから集まりたいみたいなことは考えてなかった。もちろん、韻踏の皆もラップに対する気持ちを持っていたので加入したわけですけど、自分は新しいものが好きなので、徐々に距離が出来ていったという感じです。
– 当時のインタヴューを読み返してみたら、「ひとりでやってたから比べられる人がいなくて、こんなんあかんわって捨てて捨ててやってて、もうとにかく人がやってることはラップのスタイルも服装も全部避けてて」「今でもこれでも誰かとかぶってるんちゃうかなーって不安で、でも周りからは〝もうそれでええ〟って言われるっていう」と、物凄い神経症的なことを言っていました。
Minchanbaby – 若い頃は現場でライヴを観る機会も多かったので、安心するときもありましたけどね。「これでキャアキャア言ってもらえんねや? なら、まだ大丈夫やな」みたいな。
– ミンちゃんのスタイルって、一貫して、ヒップホップ、ラップ・ミュージックのクリシェの中でも、仲間でツルむことだったり、マッチョな表現だったりから距離を置いてきたようなところがありますよね。アンチテーゼというよりは、本来の性格からくるものなのかもしれないですが。
Minchanbaby – そうですね。どっちかって言うと、ヒップホップ・カルチャーには向いてなかったのかもしれないですね。ラップをするのは好きなんですけど、学生時代から部活をしたことがないので日本的なピラミッドっていうか、絶対的な上下関係を知らないし。曲が格好いい奴ではなく、無駄にクラブに顔を出してる奴、酒をよく飲む奴がライヴにブッキングされる、いい女を連れられる、みたいなことがめっちゃ嫌でした。人脈をつくることも生きていく上でのスキルの内だと思いますよ。でも、そういうことが苦手だから音楽を真剣にやってるわけで、それはそれでちゃんと認めて欲しい。このアルバムを出した後も、周りを見ていて思います。「友達が多い奴が勝ちやな」って。そもそも、今の日本がそういう感じなのかもしれないですけど、人当りの良い奴が勝ちなんですよね。そういうことが出来ない奴はどんどん置いてかれるだけ。ただ、こっちも交流したくないわけじゃなくて、アルバムを聴いて良いと思ったら声をかけて欲しいんですよ。要するに、あくまでも音楽で繋がりたいんです。
(パート2へ続く)
Live Info
Cherry Brown & Minchanbaby W Release Party Supported by Mango Sundae
12/15 (Fri) 23:00~
代官山Saloon
¥2,000
Lineup (A to Z)
Live
Cherry Brown
Minchanbaby
TENG GANG STARR
DJ
荒井優作
DJ NORIO
shakke
$hirutaro
Threepee Boys
Wardaa
http://saloon-tokyo.com/schedule/cherry-brown-minchanbaby-w-release-party-supported-by-mango-sundae/
ARTIST : Minchanbaby (ミンチャンベイビー)
TITLE : たぶん絶対 (タブンゼッタイ)
LABEL : 粗悪興業
CAT NO. : soaku-0001
FORMAT : CD
発売日 : 2017年9月06日(水)
税抜価格 : 2,000円
バーコード : 4526180426905
収録曲
01. まさかのマサカー
02. 蛇田ニョロ
03. ただそれだけだ
04. 横取り40萬
05. ゴッドアーミー feat. Juicy JJ, Jinmenusagi, onnen, Cherry Brown
06. エンジのアプリオ
07. 肉喰え肉
08. たぶん絶対
09. 終末(仮) feat. Jinmenusagi
10. NISHIVI
発売店舗
配信版
Source: FNMNL フェノメナル