2014年にRed Bull Music Academy が公開した、日本のゲーム音楽の歴史と魅力に迫ったドキュメンタリー動画『DIGGIN’ IN THE CARTS』。その中では、海外のクラブミュージックのアーティストがゲーム音楽から影響を受けた逸話が映像化され、ジャンルを超えた文化的な交流が記録に残った。
それから3年後。今年は、UKベース・ミュージックのトレンドセッター的レーベルHyperdubから、同名のコンピレーションアルバム『Diggin In The Carts』がリリースされ、恵比寿リキッドルームでリリースを記念したイベント『DIGGIN’ IN THE CARTS 電子遊戯音楽祭』が行われた。
そのイベントのために来日した、物静かなアーティスト気質のイギリス人のHyperdubのオーナーKode9と、少々陽気なディレクター的なキャラのニュージーランド人の『DIGGIN’ IN THE CARTS』監督のNick Dwyer、そのふたりにインタビューを行った。電子音楽として異母兄弟であるクラブミュージックと日本の文化として国外にも名高いゲーム音楽の接点を、2人はどう捉えているのか……?
取材・文 : 高岡謙太郎
20万曲から34曲に絞られたコンピ
– アルバムリリースおめでとうございます。まずは2人の出会いを聞かせてください。
Kode9 – 11年前、Red Bull Music Academyがオーストラリアのメルボルンで開催された時に初めて会って、その時にNickにインタビューされて。
Nick – その次に会ったのが2014年に『DIGGIN’ IN THE CARTS』のドキュメンタリーを録ってる時に会ったね。次は2015年にインドで会って。その時にHyperdubがコンピレーションのリリースに良いレーベルだと思って話を持ちかけたところから始まり。
– ゲーム音楽をコンパイルしたので、レコードをディグするのとは違った音源の掘り方をしたと思います。どうやってこれらの曲を集めてセレクトしたのですか?
Nick – このコンピレーションは、ドキュメンタリーを元にしていますが初の企画なんだ。今までにもゲーム音楽のコンピレーションはあったけど、今回は本当に「電子音楽」として提示したくて。「懐かしいゲーム」というノスタルジーのためではないよ。こういったコンピレーションをきちんとリリースするには、とにかく全部の音を聴かないといけないから。まずは6ヶ月間ゲームの歴史を勉強して、ファミコンからPCエンジン、スーパーファミコン、とにかくすべてのゲーム音楽を色々聴いて。昔のパソコンのPC8801、MSXも全部聴いた。なぜかというと、コンピレーションのリリース後にレビューで収録されていない曲を指摘されたくなかったからね。20万曲を約18ヶ月かけて選曲して500曲にして。それから選んだ300曲をKode9に渡して、2人で選曲しあって34曲に絞ったよ。
Kode9 – Nickはドキュメンタリーのためと彼のラジオ番組のためにかなり細かいリサーチをしていたね。自分はゲームの内容を知らずに本当に音楽だけを聴いて音で判断して、自分に影響があったものや印象に残ったもの、共鳴できたものを選んでいって、最終的に34曲に絞ったんだ。
– ここに入っているゲームは90年代以前のゲーム音楽ですが、最近のゲーム音楽は入れなかったのはなぜでしょうか?
Kode9 – 80年代と90年代のゲーム音楽は、Hyperdubのレーベルのリリースと関係があって。当時の音楽は、技術に制限があったのでサウンド(音色)に特徴があるんだ。その制限のなかで頑張って音を作ろうとした時代なので、8ビットや16ビットの音源特有のユニークな音になり、それ自体がジャンルのようなものになっていると私は思っている。そこがポイントで、技術が進化してからのゲーム音楽は、どんな音源でもゲームに使うことができてしまうので、その特徴がなくなってしまうんだよね。だから今回は入っていないんだ。当時のゲーム音楽は、今の電子音楽や他のジャンルに大きな影響を与えたと考えているよ。俺も2005年頃に、Hyperdubとゲーム音楽の融合を始めたんだ。当時はダブステップなどベースの強い音を作っていて、そればかりだと疲れてしまうのと他の音の要素が出てこないので、もっとゲーム音楽の影響を受けたブリープやシンセを使った音楽を作り始めてね。私は”9samurai”という曲のチップチューンのリミックスを作ったし、レーベルには他にも俺と同じような考えを持ったプロデューサーがいるんだ。Ikonika、Zomby、Darkstarとかは、やはりゲーム音楽に影響を受けて音楽を作っていてね。ヒップホップではLAにFlying Lotusもいて、とにかく当時のゲームの音は特徴があってユニークだったことが大きな理由なんだ。
Nick – このコンピレーションで一番大事なことは、これらの曲はゲーム音楽ではなく「電子音楽」ということで。このゲーム音楽の制作者は、パイオニア的なミュージシャンたちだったことを伝えていきたかった。技術的に制限があるなかでさまざま試みをして限界に挑戦して音楽を作ってきたことを提示したかったんだよね。
もともと「テクノ」の起源は、70年代後期にYMOがサウンドチップを初めて楽器として取り扱ったことから始まったと思っている。細野晴臣さんも84年にナムコから『ビデオ・ゲーム・ミュージック』という作品をリリースしてる。海外の音楽ジャーナリズムでは、86年から87年に「テクノ」という言葉が使われ始めてデトロイトテクノやKevin Saunderson周辺がいわゆる「テクノ」とされているけど、実は日本ではそれよりも早く「テクノ」が提唱されているし、YMOの2ndアルバム『Solid State Survivor』には「テクノポリス」という曲もあるよね。そこから「テクノ」という言葉が使われているので、それが日本の「テクノ」のルーツなのかなと思っている。
– Hyperdubは今までゲームの音を使い、クラブで鳴らすためのクラブミュージックを作っていました。今回のコンピレーションは家庭用のスピーカーから聴く音楽をリリースしたことは、今までのレーベルカラーとは違うと思います。それについてはどういった考えを持っていますか?
Kode9 – 俺たちのHyperdubはファーストリリースから今まで、そこまでクラブミュージックっぽくないかな。Hyperdubで1番人気があるBurialのアルバムもあまりクラブ向けではないし。ダンスミュージックのカルチャーに影響を受けているけど、それ以外の特定されない音楽にすごく興味あって。例えば、ZombyやDarkstarは、クラブミュージックとしてあまり機能していない。なので、Hyperdubはクラブミュージック以外も網羅している自負があるから、今回のコンピとHyperdubの今までのリリースは全く違う方向性とは私は思っていないね。
他には、俺はゲーム音楽をリミックスしてクラブでライヴするんだ。ゲーム音楽のシンセ音、メロディー、アルペジオは強烈なので、少しサンプリングしてドラムやサブベースを加えただけで、クラブミュージックに十分なりうるので面白いと思うよ。今回のアルバムはもちろん自宅で聴いてもいいけど、俺がやりたかったのはゲーム音楽をクラブという環境の素晴らしいサウンドシステムで聴いてみたい意欲があったんだ。なので、昔の音を再活用して新しい息を吹き込む試みをしたくて。ゲーム音楽にダンスミュージックとしての文脈を加える試みなんだ。
– リイシュー盤なのでリリースするまでに権利関係の処理が大変だったと思います。そういった部分はどう進めていったんでしょうか?
Nick – ライセンシングは大変な作業だったよ。日本の有名企業とライセンス契約をすることは複雑なことで、今回は20社と話した。まず1年間かけて曲を整理して、そこからすべてのライセンスをクリアするまでに1年かかったね。コナミやナムコなど大きな会社だけでなく、昔の会社ではなくなってしまったり権利がどこにあるかわからない場合があって。ライセンシングは一筋縄でいかなかったけど、今はゲーム会社と良好な関係が作れたのでよかったと思ってる。ひとつ付け加えたいのが、契約を担当したのがスパイスサウンズという会社のジェームス松木さん、彼なしでは完成しなかったことをここで言っておきたい。
ポップカルチャーのルーツとしての「ゲーム音楽」
– お世話になったんですね。私は30代後半でファミリーコンピューターをリアルタイムで経験していたのでゲーム音楽の成長過程を体現しています。今の若い世代、例えばPS4が初めてのゲームという世代にとっては、どう聴こえると思いますか?
Kode9 – 先程も言いましたが、最近は技術が進化したのでどんな音楽でもゲーム音楽に成りえるんだ。なので、若い人が聴いた反応はいくつか分かれると思っていて。今回提示したのはゲーム音楽ではなくかっこいい電子音楽として提示したので、これを聴いて「こんなの聴いたことない!」と思う人と、「これは聴いたことある!」という、例えばラジオやテレビ、クラブ、EDMやヒップホップ、テクノと似た要素を感じる人がいると思うんだ。日本の80年代90年代のゲーム音楽は、実は今のポップカルチャーにさまざまな形の影響を与えていてね。最近のポップカルチャーのルーツとして代表的な、アフリカの昔の音楽や、UKの昔の音楽だけでなく、日本のゲーム音楽もすごい影響を与えていることに気づいてもらえたら嬉しいかな。とにかく、俺たちは新しい世代に「こういったかっこいい音楽があったんだよ」というのを、リミックスではなくオリジナルのフォーマットで提示したかったんだ。なので、私自身もゲームをプレイをしたことないし、名前も聞いたことないものばかりだけど、音として聴いた時にかっこよかった曲を選んだんだ。
Nick – このコンピレーションは、電子音楽が好きな人、ゲーム音楽が好きな人、新しい音楽が好きな人も楽しんでくれると思う。知られていないゲームばかりだけど、あえてレアな作品を載せようとした訳ではなく、本当に曲を聴いていて良かったものを選んだからね。選曲後、ライセンシング中に違う曲が実は同じ作曲家ということに気づいたこともあったし。私自身も音楽に対して貪欲で、15歳でジャングルを聴き始めてからはヒップホップ、テクノなどクラブミュージックを聴いて、ルーツとなるアフリカやブラジルの音楽を聴くようになった。音楽に対してハングリー精神を持って探究心がある人には面白いと感じてもらえるはず。
– 音源を聴いてからゲーム自体をプレイしたくなった曲がありますか? もしくはこの曲を聴いて作曲に影響を与えた曲はありますか?
Kode9 – 曲を聴いてゲームをしたいと思ったことはないね。でも、これらの曲は俺の中ではゲームからかけ離れていて、曲自体が独立しているものなんだ。ただ、曲がゲーム内でどのように使われていたかは知りたいかな。実は「この曲かっこいい」と思ったら、ゲームの一番最初のメニュースクリーンで使われている曲だったことがあってね(笑)。気になった曲のシーンには興味はあるけど、俺は実際にゲームをすると攻撃的になってしまうので他人のプレイを見るのが好きなんだ。
ただ、自分のライブやリミックス作品はゲーム音楽の影響はすごくあるんだ。それは直接的でなくても間接的な影響は、ここ10年間ずっとあるね。俺の2枚目のアルバム『Black Sun』でのシンセ音のドローンはゲーム音楽の美意識に影響を受けているし。ただ、ゲーム音楽に影響を受けてるからといってゲーム音楽を作りたいわけではなく、私の音楽のメロディやリズムに影響を少し加えて自分の音楽を作るように気を付けているね。
– では、ゲームで感情的になったお話を聞かせていただけますか?
Kode9 – 昔、ゲームをやっていて気付いたら、街に出てしまい50人ぐらい人を殺してしまって……。それはちょっと話したくない思い出なので(笑)。ははは……。
– では、このコンピレーションの中で好きな曲を1曲ずつ教えてもらえますか?
Kode9 – 1曲目、11曲目、29曲目、33曲目。全部リミックスを手がけた曲で、やっぱり聴いているとリミックスしたくなるんだ。1番好きなのは11曲目”Ominous Clouds”だね。
Nick – 聴くたびに好きな曲が変わるから難しいけれど、3曲目の”Big Mode”だね。先日のリキッドルームで、この曲のニューバージョンをKode9がかけてくれたんです。その時、作曲者の中潟憲雄さんがいたそうで。当時、ウェブメモリーシンセシスという技術が出たばかりで、すごくエキサイティングな時期だったんだ。例えば、バイオリンの音を録音して波形ができたら、その波形を真似た音を作る技術があって。この3曲目でもチップを使った三味線の音になっていて面白く感じました。このコンピレーションの音楽は、大きな音で聴くと素晴らしく聴こえて。先日遊びに行ったゴールデン街のバー、ナイチンゲールのサウンドシステムがよかったので、かけたらやっぱりすごい良くて。もうひとつ。このコンピレーションを出すにあたって今まで作曲家さんたちはあまり知られていなかったんだよね。これを機会に表に出て、イベントにも来てもらい、出会うきっかけができたのも良かったね。
日本発のゲームをサンプリングしたクラブミュージック
– 日本のアンダーグラウンド・シーンでゲームをサンプリングしたナードコアというジャンルがあるのをご存知ですか? このアーティストはUKのベース・ミュージックに影響を受けています。聴いてみてください。
CLASSICS 1994-1999 by サイケアウツ
Nick – わお、最近ですか? Jコアとは違いますか?
– 1996年のリリースです。Jコアの元になっているジャンルです。
Kode9 – 面白いことに俺が日本に来ると、ステレオタイプとして「日本人たちは海外の真似をする」と思われがちで。実はそうでなく俺も日本のゲーム音楽に影響を受けているので、お互いやっぱり影響を受けあっているサイクルのようなものがあってね。日本人だけが海外の真似をしているのではなく、俺たちも影響を受けて取り入れているので、サイクルというかお互いが影響を与えているのが面白いんだ。
Nick – このコンピレーションを作って素晴らしいのは、こういうプロジェクトを作ることによって日本の音楽の歴史を垣間見ることができたことなんだ。80年代には、イギリスやアメリカにもゲームの作曲家はいたけど、日本のゲーム音楽の作曲家がユニークなのは70年代や80年代のJ-POPの影響を受けているのが面白いんです。例えば、カシオペアやT-SQUARE、久石譲、YMOもそうですが、日本ではメインストリームの音楽だよね。その影響を受けてこの人たちはゲーム音楽を作っていたので、私たちがそれを聴くとその当時のJ-POPの影響を垣間見れるので面白いと思うよ。
– 時間がなくなってしまったので、最後の質問です。あなたたちが魅力に思っているゲーム音楽は制約の中で作られています。現在、あなたたちにとっての作品を作る上での制約はなんですか?
Kode9 – 正直言うと、今は制限がないよね。ただ自分の美学的な選択肢として、自分に制限を課すことはあるよ。当時のゲーム音楽の作曲家たちとは全然状況が違うんだ。昔は機材などの制限があって、今の俺は自分から制限をしないとたくさん選択肢がありすぎるという状況。例えば、自分の中でパレットの音を制限したりを課せていて。なので、あえて今、当時に似た制限を例えると、ライブ中にコードを書きながらプログラミングをして音楽を作っているライブコーディングは似ているかな。あとはモジュラーシンセサイザーで新しい機械を作ることは似た動きだね。新しいデジタルのテクニックを発明したり、ハードウェアの制限があるから新しいハードウェアを作るなど、そういった動きもあるけれど、ただ俺は正直言ってそこには興味がなく、ポピュラーカルチャーやゲームカルチャーの制限にはとても興味があるんだ。
– もっと聞きたいことがありましたが、楽しい時間を過ごせました。ありがとうございます。
Info
label: Hyperdub / Beat Records
artist: V.A.
title: DIGGIN IN THE CARTS
release date: 2017/11/17 FRI ON SALE
国内流通仕様CD BRHD038 定価 ¥2,200(+税)
hally (VORC)による解説 / オリジナルステッカー封入
amazon: http://amzn.asia/hwxms4X
iTunes: http://apple.co/2ybCIk9
Source: FNMNL フェノメナル