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【インタビュー】DJ DARUMA | 常に新しい刺激を

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DJ DARUMAは現在自身の手がけるファッションブランドFULL-BK、そしてEXILE HIRO、DJ MAKIDAI、VERBALとの音楽ユニットPKCZ®︎を中心に、週末には全国各地でのクラブプレイなど多忙な日々を送っている。

今夏PKCZ®︎としてもアルバム『360° ChamberZ』をリリース、同作には90’sヒップホップシーンのレジェンドラッパーの1人であるMethod Manも参加していた。90年代のヒップホップシーンやストリートファッションシーンから得たものが大きいというDARUMAにFNMNLではロングインタビューを敢行。

常に新しい刺激を求め続け、多面的な活動を展開する彼が現在音楽やファッションに対して考えている心境などを聞いた。

取材・構成 : 和田哲郎

写真 : 横山純

– お忙しい中ありがとうございます。

DJ DARUMA – こちらこそありがとうございます。今回は割とパーソナルな部分にフォーカスしていく感じですかね?

– そうですね。先日のRealsoundのインタビューが興味深い内容で。DARUMAさんのルーツにヒップホップがありつつ、ヒップホップをピュアなものというよりかは、雑食的なものとして捉えてるなというのが読んだ感想としてあって。
もともと出会った時からヒップホップをそういう風に捉えていたんですか?

DJ DARUMA – いや、全然そんなことなくて。ダンスが入り口で、中3の時に『DADA』や『ダンス甲子園』を通じて、今でいう『高校生RAP選手権』のダンス版みたいなブームがあって、同時期に『DANCE DANCE DANCE』っていうダウンタウンさんが司会していたダンス番組でDJ BEATさんが、PUBLIC ENEMYの”Welcome To The Terrordome”で二枚使いしてるのを観て、PUBLIC ENEMYがすごいかっこいいなって思って。だからPUBLIC ENEMYが一番最初のヒップホップの入り口かもしれないですね。
で、地元の先輩の家でPUBLIC ENEMYのCD聞かせてもらったんですけど、当時のCDデッキって音が超飛んだんですよ、だけどテレビで二枚使いとか見てるもんだから1曲の変な部分がループしてるのは「これ、こういう音楽なのかな?」とか思ったりして。変わってんなーみたいな(笑)。でもこういうことやってたしな二枚使いで、みたいな感じでずっとPUBLIC ENEMYを聴いてましたね。

– PUBLIC ENEMY自体が元々ロック的な要素も入ってますよね。

DJ DARUMA – ANTHRAXと一緒にやったりとか、異質なものがあるのもかっこいいなと思ってました。今となって振り返ってみるとすごい思想の強い音楽だったんですけど、彼らの言ってることというよりは、サウンドのエッジーさに
惹かれてPUBLIC ENEMYが好きになった感じですね。Realsoundのインタビューにも書いてあったかもしれないですけど、ビッグビートに出会うまでは、ダンサーとしてもリスナーとしても割とストレートに、いわゆるNYを基本としたヒップホップシーンが面白いと思っていて。ファッション的にもサウンド的にも完全に、そういうヒップホップが好きな若者だったと思うんです。

– ビッグビートとの出会いっていうのは、かなりそこで変わった部分も?

DJ DARUMA – そうですね。BOBBYくんっていう僕らのダンスの師匠が、その時期にヨーロッパに行ってビッグビートを持ち帰ってきたんですが、僕はそこにヒップホップを感じれたんですよね。基本はブレイクビーツなんですが、要素的にテクノもハウスも入ってて。サンプリングのチョップの仕方とか、ときにはラップが乗ってる曲もあったりとか。特にDJスタイルがブレイクビーツやハウスの中に
突然Eric B & Rakimを入れてくる感じとか。なんかそういう雑食性みたいなところにヒップホップの本質を感じたんです。昔のブロック・パーティってこういうことだったんじゃないのかなって風に思って。

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– Zulu Nation的な?

DJ DARUMA – そうそうそれこそKraftwerkもヒップホップだって言ったりしちゃう、あの感じに僕はすごい共感したっていうか。だからいわゆるNYスタイルのヒップホップを基本に考えていたマインドが、もっと本質的な部分でヒップホップを感じるものっていうのに、惹かれるようになっていったっていうのは、ビッグビートと出会ってからですね。

– 特にビッグビート期って好きなアーティストとかって?

DJ DARUMA – 僕の中でビッグビート3大アーティストはChemical Brothers、Fatboy Slim、Prodigyではあるんですけど、この間もWREPでやっているラジオ番組で、ちょっとビッグビートの話をしたんですが、色々振り返ってみるといいアーティストがいっぱいいて。FreestylersとかCut La RocとかDJ TouchéのWiseguysやLes Rythmes Digitales、挙げたらキリがないぐらいですね。
本当にシーン全体が凄く盛り上がってたのでレーベル自体も活発に動いていましたし、あとはもう少しトリップホップぽいというか、もうちょっとBPMが下がったような人達もいたりとか。でもやっぱり1番好きだったのはProdigyかなって気もしますけど。

– Prodigyは先日のインタビューでも言及されてましたよね、ファッション的な影響も?

DJ DARUMA – そうですね。あの混ぜ方がとてもエッジーに感じました。パンクだし、レイヴだし、ヒップホップだしみたいな。ファッション的な側面から言ってもすごいカッコイイなって思って。あとこれも最近色んなインタビューで言わせて頂いてるんですけど、同じようなテンションをSKATETHING氏に感じたっていうのがあるんです。やっぱ混ぜ方の凄さというか、自分自身でちゃんといろんなことを解釈してそれをアウトプットとして出すバランス感が、スケシンくんを99年ぐらいのパーティで見かけた時にすごい衝撃的だったんですよね。

– その時のスケシンさんはどういう?

DJ DARUMA – 先日のハニカムさんのインタビューでもこの話をしたんですけど、ピンク色のモヒカンで、首にバンダナを三角に巻いて初期KAWSのTシャツを着て、蛍光の鋲のリストバンドにBMXのグローブはめて、wtapsの軍パンを膝までまくり上げて、足元はベルクロだけで止まってるナイキのスニーカーを履いてて。
しかもガンガン踊ってるんですよトランスのフロアで。何なんだろうこの人みたいな(笑)。それであの人のパーソナリティに凄く興味が湧いて、隣りに座って話すようになったところが、色んな意味で僕の人生の分岐点の1つになってますね。
一時期は影響を受けすぎてしまって、とにかくスケシンくんみたいなクリエイターになりたくてって感じでした。でもスケシンくんはあくまでスケシンくんだからスケシンくんなのであって、僕は僕なりに自分の得意なことをきちんとやってくしかないと気がついて。

– DARUMAさんはもうちょっとチャンネルが開けた方向というか、より広い所に向けてるのかなって。それはDEXPISTOLSの活動の時からもすごい感じていて。

DJ DARUMA – そうかもですね。DEXのときとかは、最初日本でエレクトロを”コレがヤバい!”言ってる人達が日本に全然いなかったんですよ。マッシュアップの流れの次に、M.I.A.的なバイレファンキが盛り上がって。世界のインディ・ダンスミュージックがMyspaceを通して同時期に繋がり始めてるっていう感じがすごいあって。東京の一部は別として、それ以前の日本のシーンっていうのはどうやってもディレイ感がちょっとだけあったんですよね。自分もフロアのいち住人としてその部分を感じてたんですけど。バイレファンキぐらい、M.I.A.がでてきた以降ぐらいから、一気に世界同時に流行を皆の中で共有することが、Myspaceの力によってできるようになって。その時はエレクトロなんていう名前も無かったんですけど、世界で何かが来るぞって言う予感を察知してて。で見渡した時に日本の中では、誰もその名もない新しいムーブメントの事について叫んでいる人がいなかったので、
これは一気に俺らが広げられるチャンスだなって思って。ていうのもよくMAARと話してたのが、日本のDJシーンって一個壁を超えるのがすごい大変だっていうのがあって。

– ジャンルの?

DJ DARUMA – いや、違います。DJをただの趣味の延長ではなくキチンと仕事にできるという壁を超えるのがすごい大変だと感じていたんです。日本のトップDJの方々というのは、その当時で言ったら不動だったんですよ。リアルなクラブシーンで言ったら20人居なかったんじゃないかな?そこの壁を超えるのが本当に大変で、若者がシーンの最前線に全然でてこないような状況があって。この壁を超えるには何かのムーブメントみたいなのを使うしか無いという話をよくMAARとしていて。2 many DJs的なマッシュアップも、その前にはあったんですけど、
それもジャンルというよりは手法だったんで、あんまりそれでガンと行く感じじゃなかったんですね。エレクトロ初期にそのビッグチャンスが確実に来るっていうのが見えたんで、そこで全力で手をあげることによって壁を超えられるんじゃないかっていうのが二人の中で一致して、そこから一気に世の中に向けて
広くやっていったっていう感じなんでしょうね。

DJ DARUMA

– しかもやっぱりエレクトロの時は、ファッションと結びついていたっていうのが大きかったですよね。

DJ DARUMA – WARPの伊藤っていう当時の編集長がいて、僕らのやってることを面白がってくれたんですよ。あの時はWARPさんと一緒にシーンを盛り上げようっていうのがあったんで、そうなると新しい音楽を中心としたカルチャーとファッションっていうのがWARP的に押す部分でもあったし、世界的に言ってもシーン全体がファッショナブルに捉えられていたというか、そこが逆に面白味でもあったんで、そういった意味でファッション的な側面は相当強かったですよね。

– 逆にいまEDMがどこまでファッショナブルかっていうのが

DJ DARUMA – 恐らくファッショナブルではないですよね。そこは。

– そこが、ヒップホップに戻ってきて。

DJ DARUMA – そこはヒップホップですよね。ファッションとのリンクというかファッションシーン自体がヒップホップにすごく注目するようになったのは『Watch The Throne』あたりからのKanyeさんがキーだと思うんですけど、ファッション的な側面からあの時期に一気に来たんじゃないかなって僕は思っていて。みんなが、こぞってジョーダン履きだしたりとか、Givenchyの犬の顔が
プリントしてあるTシャツをみんなが着るとか、あのへんからがキッカケで。いわゆるハイブランドとヒップホップが、一気に結びついてるのがすごい面白くて、今現在そこからの流れが相当強いですよね。

– たとえばゴーシャとかが、スポーティーなものとかを取り入れつつ、ストリートもそのまま帰ってくるよりかは、異質なものを取り込んで戻ってくるのかなっていう風にも思っていて。

DJ DARUMA – 今のゴーシャのあの雰囲気っていうのは、95年以降ぐらいのガバとかテクノ、当時のヨーロッパの白人のキッズ達のスタイルを感じますね。なんでそれに気がついたかというと、電気グルーヴのお二人が様々なYouTubeを見ながら
副音声的に色々突っ込むっていう企画があって、それで当時のガバのドキュメンタリーを紹介してて、それが凄く面白かったんですね。
最初はその当時のガバのシーンをファッション的には捉えて無かったんですが、何回も繰り返し観てたら細かい部分を色々感じるようなって、コレってファッションスタイルとしても今っぽいなと。

– DARUMAさん的に一番90年代のカルチャーでいま逆に面白いものってなんですか?

DJ DARUMA – うーん。90年代のカルチャーでいま面白いと思うもの?…なにかな??…さっきのガバじゃないですけど90年代のRAVEカルチャーはレーベルロゴとかカッコイイものが多いですね。でもいざこれが面白いっていうのは特に昔のものにフォーカスしてる感じはなくて。

– 逆に新しいところでエッジーなものって?

DJ DARUMA – 音楽的に言うと僕はハウスからトランス的なところまで、しっかりグルーヴを感じる四つ打ちに戻ってるとこがあって。ちょっと前まではターンナップしたかったという感じがやっぱりあって。トラップが出てきたとき、最初BINGOくん (HABANERO POSSE)に色々教えてもらったんですよ。当時T.I.が『Trap Muzik』ってアルバム出したじゃないですか。だから「T.I.のこと?」って聞いたら「いや、そういうことじゃないんだよね」みたいなところから、ちょうどフジロックに向かう車中とホテルで、BINGOくんにまだまだアンダーグラウンドなシーンに散らばっていたトラップの事を色々聞かせてもらって、これは面白い音楽だなってなって、そこから一気にトラップにハマっていったんですけど。やっぱりそれ以降数年間は、トラップミュージック以降の現場感というのがすごいバチっときて、久々にパーティっぽいしそれこそヒップホップを感じたというか。それでどうにかトラップミュージック的なところとヒップホップのサウンドをパーティで一緒にできないかなって模索してたんですけど最初全然できなくて。フロアが成立しないというか。

– 僕もやっぱり、ほんとアメリカみたいになったのってここ1,2年ぐらいかなってっていう感じはしますね。ちゃんとモッシュみたいなのがおこったり。

DJ DARUMA – 4,5年ぐらい前は日本でトラップとヒップホップを混ぜると「何やってんのこの人」みたいなバイブスをフロアから出されてたんですよ。
当時流行してたヒップホップもトラップもバウンスする感じは一緒じゃんっていう感じでやってたんですけど。で、その融合ってなかなか難しいなって思ってる時期に、韓国に行ったらKINGMCKを筆頭に、彼らのクルーがCakeshopっていう箱で、そのスタイルをまさにやってて。女の子たちも普通に同じテンションのサウンドとしてトラップとヒップホップを一緒に楽しんでて、JAY-Zがかかればリリックも歌うけど、普通にトラップのドロップのとこではワッショイってなるっていうその感じを、ちゃんと成立させてて。

その刺激を貰ってJOMMYやRYUZOくんたちと『#_O_M_G_』を
始めようっていう話になって。僕がRYUZOくんに、トラップミュージックとヒップホップが一緒にかかるパーティをやりたいって説明して。RYUZOくんは超ヒップホップな人だけど、トレンドを柔軟に楽しめる人なので、「それええやん」ってなって、一緒にパーティをスタートして。それ以降ずっとトラップミュージックとヒップホップを面白いなと思って聴いてたんですけど、今はまた少しマインドが動いて、個人的にはしっかりした流れのあるグルーヴをみんなで感じて踊りたいタームに入ってますね。たとえばこの前OathでDJやらせてもらったりとか、JOMMY達とCONTACTで四つ打ちのパーティやってたりとかそういうところに今はフォーカスしてるっていうか、やっぱりみんなで一緒にしっかり踊って朝を迎えたいっていう感じですね。

– EDMフェスとかだと踊れて30分というか。ピークがすごい短かったりするじゃないですか。それでやっぱり今EDM側も行き過ぎちゃったのかなって
感じになっていて。それこそCalvin Harrisの新作とかは聴いてられるようなものになってというか。そこら辺の変化がどうなっていくのかなっていうのは?

DJ DARUMA – 僕は数年前にCalvin HarrisのDJをWOMBで見たことがあるんですけど、彼がフロアから求められてるものと、恐らくあの人が表現したいことのギャップが相当あるんだなっていう雰囲気を既にその時のDJから感じました。

– 毎回同じことを求められて。

DJ DARUMA – そういった意味でも、新作でああいう掲示をしたっていうのは、とても理解できました。で、EDMに関しては僕は流行ピーク時にTOMORROWLANDに行かせていただいて、あのフェスはDimtri Vegas&Like Mike主催なので土曜日の夜、ピークタイムの彼らのための演出が最もお金がかけられていて、最も荘厳な演出だったんですね。もうほんとに1回ブレイク、ドロップ、ドーン、ですぐ32小節とかでまたすぐブレイクで、ドロップどーんみたいな連続なんですよ。何回波を起こせるかみたいな。その1時間中全部のライティング、マッピング、レーザー、噴水、ダンサー、動くオブジェと花火、それが100%ハマってるんですよ。フロアのど真ん中で1時間体感したんですけど音響もめちゃくちゃいいし、正直凄く面白かったんですね。

EDMに対する考え方はその時に変わったというか。当時音楽ジャンルとしてEDMを聴こうと思ったら、正直僕は全然フィットしなくて。あのジャンルは体感なんだなだなっていう、すべての演出込みで身体で感じるもの、その体感を”EDM”と呼ぶんじゃないかと。それであれだけTOMORROWLANDに人が集まってるんだなってのがすごい分かって。あの体感を”EDM”と考えるならば、今LDHに所属させていただいて沢山の人に自分達の音楽を届けなくちゃいけないってなった時に、EDMっていうエッセンスを体感として自分たちの作品に取り入れようと、マインドが大きく変わった部分がありますね。

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Source: FNMNL フェノメナル

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