思いがけず縁もゆかりも興味もなかった韓国に駐在することになり、“たまたま”韓国・弘大(ホンデ)のインディー・シーンに出会い、“たまたま”カメラを手にし、そこからはずば抜けたエネルギーと行動力で数々のアーティストの写真を撮るようになり、DIYのレコード屋さんまで始めてしまった、というのが前編まで。後編ではもう少しパーソナルな部分の彼女のこれまでや独自の写真との向き合い方、など。
ちーちゃん自身が「全部が無意識なままここまで来た」と語るように、弘大や写真と出会ったことで無意識のうちに彼女自身も変わりつつあるのでは、という気がした。悩む姿さえもまっすぐなちーちゃんだけど、きっとある日突然また驚くようなことをやって、そんな悩みなんてふっとばして見せてくれるのでは、と期待してしまう。ともまつりかちゃんが切り取ってくれた、彼女の豊かな表情と共にどうぞ。
Interview & Text:Nozomi Nobody Photography:ともまつ りか
取材協力:経堂・お蕎麦のしらかめ
僻地医療からのワイン醸造、からの慶應大学卒業
Nozomi Nobody(以下Nozomi):写真はどうやって覚えたの?自分で勉強したの?
工藤ちひろ(以下工藤):そういうのが全然ないんだよね。
Nozomi:勘で触って覚えた?
工藤:ライブ行って、ミュージシャンを撮って、徐々にわかってきて、だから技術っていうところで言われると本当にわかんないし…だから本当にノリ。感覚だけでやってる。
Nozomi:うんうん。
工藤:ただ、続けられたっていうのはやっぱりすごい意味がある。私続けるって出来ないの。3日くらいなのね、本当に。映画も長く見てられないし、仕事してても30分くらいしか集中出来ないのね。
Nozomi:へ~…それでどうやって慶應入ったの?推薦?
工藤:いや、それはちゃんと(笑)。元々さ、お医者さんになろうと思ってたの。お医者さんになろうと思って勉強してて、
Nozomi:え、高校のとき?
工藤:そうそう。でも現役ではもちろん入れなくて、一年浪人したの。でも、(浪人した年の)12月に、「あ、私お医者さん無理だな」と思って。元々、僻地医療っていってお医者さんがいないところに行って、皆さんの役に立ちたいと思ってたの。でも浪人して、どこかの島の1000人の命が自分ひとりにかかってしまうっていうことを想像するようになって、「あ、そのプレッシャーに私は耐えられない」っていう風にすごく思って…でも親も驚くじゃん。「浪人までしたのに急にやめるのか」って。だけどやっぱりもう無理だって泣きながら話して、結局「来月試験やん」みたいなタイミングで(医学部の受験を)やめて、でその時に「どうしようかなー、なんかちょっとワインとか作っちゃおうかなー」とか言って、突然醸造科をね、受け始めて。
Nozomi:ワインの!?
工藤:そう、突然何を考えてるのかよくわかんないんだけど、私ちょっと変わってるからさ、ワイン作りたくなっちゃったのよ(笑)。
Nozomi:うわー…(笑)。
工藤:で、国立大学でそういう学部のあるところと、農大とか受けて、受かったんだけど、「やっぱり慶應大学にしようかな」って言って、何も考えずにやりたいこともないまま突然(慶應大学に入った)。醸造科の面接で「私は日本のワインを世界のワインに!」とかって語ったのに、結局行かなかった。意味不明じゃない?
Nozomi:え、えっと、慶應は何学部なの?
工藤:環境情報学科。SFCってさ、湘南の方にあって何でも勉強出来るところ。
Nozomi:何をやったの?
工藤:私はね、何をやったかわかんない(笑)。
Nozomi:え、じゃぁ卒論は?
工藤:卒論は……何書いたかちょっと忘れちゃった…
Nozomi:え、本当に?
工藤:本当に忘れちゃった。経営とかのことについて書いた気がするんだけど……(沈黙)。やばいね、10年も経ってないのに忘れてしまった(笑)。でもとりあえず書いたのよ、何か。
Nozomi:あはは
工藤:で、無事に卒業したんです、私。そして今に至るっていう感じですね。
目の前にある今この瞬間の幸せとか悲しみが二の次になっちゃってるなって
Nozomi:ちーちゃんはさ、今後どうなりたいとかあるんですか?
工藤:いや、ない(即答)。
Nozomi:でも今楽しいでしょ、色々?
工藤:いやつまんなくないけど、非常に希望に満ち溢れている浮かれたテンションかと言われるとそこまでではないかな。別に不幸せだとは思わないけど、「私本当やばいっす」「これから落ちていくの超怖いっす」みたいな感じではない。
Nozomi:あはは。でもさ、色んなことが結構変わりはじめてるときじゃない?
工藤:そうなのかなぁ。どうなんだろう、わかんない。冷静さを事欠いているような気がする今日この頃…。
Nozomi:冷静さ?
工藤:何か「どうしようかな」みたいなのはすごい思う。
Nozomi:今後?
工藤:日本の教育がそうなのかもしれないんだけどさ、先を見越せることって能力としてすごく評価されているでしょ?「中長期的にものを考えよう」とか言うじゃん。
Nozomi:日本は特にそうかもね。
工藤:そうそう。それって確かに、未来を読んで想像していくっていう観点ですごく大事な能力だなっていて。私も大学に行って卒業して、働いて、先を見るっていうことはすごく出来るようになってきたと思うんだけど、でもその時に“自分の目の前にある今この瞬間の幸せとか悲しみ”が二の次になっちゃってるなっていう感覚がすごくあるのよ。「お金のこと心配だから何年間はここで働いて」とか、割とそういうのを考えちゃうんだけど、でも結局今の積み重ねが未来なわけじゃない。
なのに「目の前の幸せは一旦さておき先のことを」ってなっちゃってるから、そこをもうちょっとうまく出来るんじゃないかなと思うことが増えて…もちろん意図的に先のことも考えた方が良いし、会社での仕事上は考えなくちゃいけないんだけど、プライベートとか写真を撮ることに関してはいいかなって思ってて。だから今後のことに対して明確な答えがないっていうのはあるかも。
Nozomi:なるほど。でも私も最近あんまり先のこと考えないな。「こういうことやってみたいな」とか「あぁいうことやってみたいな」とかそういうことは思ってるけど。
工藤:希望みたいなね。
Nozomi:「いつまでにあれやんなきゃ」とかさ、そういうのは無理に考えないようにしてる。
工藤:結婚しなきゃとか子供産まなきゃとか。
Nozomi:でも私は本当にこの何年も「3ヶ月後のこともわかんないな」って思って生きて来たし、来年何やってるかも本当にわかんない。3年後のことなんて1ミリもわかんないし、自分が30になった時に何してるかなんて全くわかんないなってずっと思ってたし。
工藤:その感覚、私にはないんだよね。
Nozomi:そうなんだね。
工藤:例えば写真で言うとさ、私はあんまり技術的なことがわからないからすごく直感的で何も考えてない状況でいられるのね。でも仕事では理詰めなの。答えが決まってたりとか、予想が出来る中でやっていく。多分それはすごく得意だから会社での仕事では発揮できてると思うんだけど、でもそれだけだとすごく行き詰ってしまうところがあって、
Nozomi:面白くないなってこと?
工藤:面白くないっていうか、変わってるんだよね、私って。
Nozomi:今日それ5回くらい言ってる(笑)。
工藤:普通の人って言ったら変だけど、大多数の中に入るとちょっとやっぱ、浮いてしまうところがあって、だけど写真に関してはちょっと自由で感覚的にやれるから良い意味でバランスが取れてるなって勝手に思ってて。多分片っぽだけだと偏っちゃうっていうかさ。
“唯一無二のスーパーヒーロー”
Nozomi:じゃぁ今は色々良い感じでやれてるんだね。
工藤:うーん…そこはね、難しいね(笑)。常に迷いながら、どうしようかなって頭の片隅では思ってる。
Nozomi:それはどういう風に写真と向き合うかっていうこと?
工藤:うん。それも含めて、逆に写真じゃなくてもいいっていうかさ、別にギター弾いて歌うたえたらそれでもいいし、会社の仕事がめっちゃ楽しかったらそれでもいいし、たまたま今は写真が…何て言うのかな、たまたま自分が触れ合ってるものの中で進行してる、たまたまタイミングが合ってるっていうだけなのかしら?…って思ってるから。
Nozomi:え、じゃぁ今のお仕事があって、写真があって、それ以外の選択肢も探し続けてるってこと?そういう意味で迷ってるってこと?
工藤:決めきれてないっていうか決めようとしてないっていうか。例えば写真を一本にした方がいいか、会社と両方続けた方がいいのか、はたまた会社の仕事にフォーカスした方がいいか。色んな選択肢があるじゃない。でもそこについてあんまり深く考えていないかなっていう意味で、決められてない。
Nozomi:あのさ、POPOの展示をやるときのFacebookのポストで、「本当は写真をもうやめようと思ってた」って書いてたでしょ?あれはそういう意味で?
工藤:それはね、全然、ただ単にもう疲れてた(笑)。
Nozomi:え、写真が??
工藤:写真がっていうか、やっぱり技術がないからさ。「こういう瞬間にこうした方がいい」みたいな、ベースの部分がやっぱりわかんないから…例えば取材で写真を撮ってるときに、その人の視線が移動すると私も一緒に動いちゃうとかね、私が主導権を握った方がいいシチュエーションでも右往左往してしまったり、そういう経験がその時はいくつかあって、「もうダメだ、もうやめよっかな」「大変だな」と思って。だけどたまたま会った憧れのミュージシャンが私のことを覚えていてくれて、多分何となく言ってくれた一言なんだけど「君の写真、普通のロックの写真と違って、いいよね」って、言ってくれて。それが私にとってすごく特別だったんだよね。自分の好きなスーパーヒーローからそういう風に言ってもらって、多分ご本人ももう忘れちゃったと思うし、本当にささいな言葉だったんだとは思うんだけど。
工藤:私にとってすごく意味があったというか、やっぱり何かにおいてさ、具体的に「こういうところがいいね」って言ってもらうことって、大きくない?特に自分の大事だったり憧れている人から。それで何となく、もう一回写真を撮ろうかなって思えた出来事だったんだよね。絶対忘れないなって思うくらい。
全部が無意識なままここまで来た
Nozomi:そうなんだぁ、そっかぁ~。すごいなぁ、私そういうのに憧れちゃうんだよなぁ。自分が全く意図してないところから全部がはじまってるわけでしょ。
工藤:あぁ~…
Nozomi:自分でコントロールしてることが一個もないわけじゃない。悪い意味じゃなくて、いきなり韓国に行くことになって、なぜかいきなりパパがカメラくれて、そこからはじまっていって、広がっていってる。面白いよね。
工藤:それはね、あるかも。だから続けられたっていうのはあるかもね。意識してやってることだけが続くと疲れちゃうことってあるじゃない。でも確かに写真に関してはそういう要素が少なかった。POPOの展示もお話を頂いてやったし、Zineも見に来た先輩が「これは一冊綴じなよ」っていう風に言ってくれて、最初は「えー」とかって言ってたんだけど、何か、やった方がいいなっていう風に思ってね。それも自分発案じゃなくて「誰かが言ってくれて、じゃあやってみようかな」みたいなところがあったからさ。写真撮るときもあんまり意識してないって言ったけど、全部が無意識なままここまで来た、みたいな感じはあるよね。言われてみれば。そう思ってなかったけど。
Nozomi:うん。
工藤:良い会だね、これ(対談企画のこと)。こういうことに気付ける(笑)。
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